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「個人の尊重」を謳ったのは誰か

 この社会でいつから「個人の尊重」が重視されるようになっただろうか。

 少なくともこの140年間のうちのどこかが分岐点になったのは間違いない。「子どもの内面から出る自由な発想を育てるのが大事」だとか「子どもの自由な想像力を邪魔するような教育はダメだ」だとか言われてきた。

 その結果「詰め込み」は嫌われた。「自由な発想」や「自由な想像力」を汚すものだとされたのだ。

 しかし、考えてみて欲しい。誰が「子どもの個性を大事にしろ」と言い出したのか?

 詳しい教育思想については今後調べるとして、今回は社会的な目線からこのことについて考えてみたい。

 これまで「近代教育システム」そのものが「社会の要請」から出来上がったことは何度も書いてきた。「生産」と「再生産」における3つの分離が「学校」を必要としたのだと私は理解している。

 その「社会の要請」を抑え、台頭してきたのが「個性の尊重」だろうか?つまりこういうことだ。これまでの教育は社会の要請に応えるためだけに存在してきた。知識を詰め込み、社会の中で規律正しく動く方法を教えるだけだった。しかし、それではダメだ。子どもの内面から出る個性を大事にして、それを引き出し、伸ばしていくのだ。それこそがこれからの時代にふさわしい「新しい教育」だ。

 そんなことが言われたのではなかろうか(そのせいで教育界が大混乱に陥ったのは言うまでもないことだが…)。

 しかし、もしも、である。もしその「個性尊重」そのものが「社会の要請」だとしたら、結局教育は「社会の要請」に応えるだけということにはならないだろうか。つまり、形は変わったが中身は同じ、根本は何も変わっていない、ということだ。

 もっと詳しく書いていこう。

 明治期の資本主義は「工場労働」を中心に栄えたことはよく知られている。幼い少年少女(その頃はまだ「子ども」という概念もなかった)が、炭鉱で強制労働をしている写真を見たことがある人も多いだろう。そして、資本主義は最大の蛮行をすることになる。植民地主義と奴隷の発見である。資本主義をしている私たちは「文明人」、それ以外は「野蛮人」と区別し、その「野蛮人」は人間として認められなかった。彼らは、国内よりもかなり安価な労働力として資本主義国家の目にかなった。

 ちょっと話が逸れた。もとに戻そう。

 明治期の資本主義は基本的に「工場労働」が中心だった。資本家はより安価な労働力を求めて海外へ進出した。その当時に必要とされたのが「規律正しく行動できる」労働者であった。それを「教育」し排出するのが「学校」であった。

 朝何時に登校し、授業を受け、休みを取りながら、勤勉に励む。行進は腕を揃え、腿をあげる。その姿に一糸の乱れも許されない。

 まるで工場労働の準備そのものが「学校」で行われていた。

 しかし、時代は変わる。戦後は、「工場労働」だけでは資本が増えていかなくなった。供給すれば全て売れる時代ではなくなった。

 そこで必要になったのが「新たな資本の根」である。

 資本家は考えた。もちろん「どうすればモノが売れるか」をである。

 彼らに浮かんだのは、家族の「解体」であった。

 明治前の「農村共同体」的体制から明治後の「家族」体制への変化。そして戦後の「個人」体制への変化。

 これが「儲かる仕組み」であった。

 つまりこうである。

 「家族」が一つの核として動いていた時代にもし1万円の臨時収入があったとする。お父さんは新しい髭剃りが欲しいと言い、お母さんは洗濯機のガタガタを直したいといい、長男はゲーム機が欲しいと言い、長女は新しい服が欲しいと言う。家族それぞれ欲しいものが違うのである。

 それを解決する手段はたった1つ。

 「みんなで焼肉に行く」

 である。みんながガマンをして、ちょっと得をする。これが「家族」体制のお金の使い方である。

 資本家にとって、それでは困る。「髭剃り」「洗濯機」「ゲーム機」「おnewの服」全て購入して欲しいのである。しかし、今のエートス(行動様式)のままだと「焼肉」どまりである。このエートスを解体して、新しいエートスを根付かせなければならない。そのための場所は…

 そう、「学校」である。

 それからマスコミを使ってどんどん「個人の消費の自由」を煽る。頭のいい連中がそう考えた。

 学校では「子どもにはひとりひとり個性があって、その発想や想像力を大切にしなければならない」と教わる。

 マスコミは「個人の消費行動って格好いいでしょ。これが新しいライフスタイルなのよ。」と個人消費を煽る。

 それすなわちそのまま「個人の消費行動」に全てがつながり、それすなわち「企業の利益」に全てがつながる。

 今や、小学生女子でも化粧をする時代である。アンチエイジングの名の下、お年寄りもこぞってケアをする時代である。これまで化粧が許されていると思われていた年代から上にも下にも購買層が広がった。

 それは全て「社会の要請」=「企業の要請」=「個人の尊重」であった。

 資本を増やす新しい手段が「個人の尊重」だった。

 これを私は「善」とも「悪」とも言っていない。単なる事実としてそれを知っておくべきだと考えている。

 つまり、私たちが「新しい教育」と信じ込まされていた「個性の尊重」こそ、実は「新しい社会の要請」の流れの中で起こった思想だったのである。

 そのことは一教育を志すものとして心しておきたい。

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